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2005.01.20

建築家は他人の意見を聞かないのか?

雑誌『通販生活』2005年春号の「松崎菊也の公共事業クイズ」は最終回。
この連載は毎回全国の「何でこんなものつくったんだろう」というような公共事業を紹介するコーナーだが、最終回の最後の物件はJR京都駅ビルだ。「どうしても取り上げたかった」らしい。そんな強い思いで次のようにコメントされている。

 誰のデザインか、そんなことはどうでもいい。ご高名な建築家であろう(だいたい分かるのだよ。このコンクリむき出しの、辺りを睥睨するようなセンスが誰のものであるかぐらい)。
 建築家というのは自分の主張以外の意見を聞かない。高名になればなるほどその態度は顕著で、自分のデザインが「なんと、あの京都にも採用された」ということが生きがいとなる。こうして、このセンセイはコンクリの墓石のような軍艦のような、青空には決して似合わない無機的でデカいハコモノを作り上げて一生を過ごす。

 ここでは建築家の名前を出すのは避けているようだが設計者は原広司氏である。どういう訳か今回は建築家だけが悪者にされている。
 だが本当に建築家は自分の主張以外意見を聞かずにこのようなものを作り上げたのだろうか。私はむしろ周りの意見を取入れたからこそこのような壁がそびえ建つ結果となったのだと思う。


 私も京都駅ビルの大きさは良しと思わない。バカなものを建てたものだと思う。
 京都駅ビルとは「京都駅」と名が付いているが、実際は「ビル」の方が大部分を占める。それはホテルやデパート、劇場などである。駅以外の機能が本当にこの場所に必要だったのか。しかしそれは建築家が必ずしも望んだ訳ではない。

 京都駅ビルは原広司氏が企画したものではない。京都駅ビルは7人の建築家による設計コンペにより1等案の原氏が選ばれたのである。原氏の案は7人の中で建物の最高高さが最も低く60mを下回るものであった。
 このコンペは指名コンペであり、京都駅ビルをどのような建物にするかということはこの設計要項の中にすでに謳われていた。そして敷地面積に対する所要施設の面積を割り出すと従来の高さ制限の中では絶対に不可能なものであった。もちろん事業主のJRはこのコンペの前に京都府・京都市に根回しをしており、総合設計制度・特定街区制度を適用して従来の規制高さを超える計画を可能とした。
 ちなみに「事業主のJR」とは書いたが、実際の事業主「京都駅ビル開発株式会社」はJR西日本、京都府、京都市等の共同出資による第3セクターである。

 コンペ開催当時、当然のごとく景観論争が起った。しかし一般報道では「京都駅ビルの高層化反対」という議論は「なぜ巨大施設が必要か」ということよりも「何mの高さなら許せるのか」という方向に傾いていた。
 従来の高さ規制による31mを超えることは確実だが、総合設計制度を適用した制限、60mをも超えるのか、ということだ。
 ちなみに、清水寺の三重塔が30.1m、東寺の五重塔が57m(*1)、京都タワーが131m。
 しかし、日本では景観論争というと絶対的な高さ、寸法だけに焦点が当たり、その他のことはどうでもよくなる傾向がある。「景観を無視した高層マンション反対」という看板をよく見かけるが、景観について言えば低くても問題なものもある。確かに高さ(数字)だけに絞って話をすれば簡単なのだが、景観=高さ、高ささえ守れば景観問題は良いという短絡的な思考に陥っている節がある。

 さて、コンペに指名された建築家は設計要項の内容を実現するための計画を提案することになる。設計要項どおりの案が作成できなければ、例えば建築士試験問題では完全に不合格である。設計要項が不服だからと言って勝手に企画を変えるわけにはいかない。不服なら辞退すべきであり、また勝手に企画を変えたところで落選するだけである。事業計画はもうこの時点では変わらないのである。
 「ならば最善の建築を提案してやろう」というのが建築家である。

 どうしても巨大化、高層化せざるを得ない設計要項に対し、いかにそれを巨大化させずにデザインできるかということが重要である。

 原氏の案は内部に大空間をもっているにせよ、高さを抑える分全体的にヴォリュームのある案である。
 それに対しバーナード・チュミ氏の案のように一部を高層化(塔状化)することによって全体のヴォリュームを抑えた案もあった。

 またペーター・ブスマン氏の案のように軒先の高さを31mに抑え周囲の景観に馴染まそうという考えもあった。

 しかし、視覚的にヴォリュームを抑えたとしても数値的な高さはその分高くなる。そして最終的には(最高高さの)最も低いものが選ばれた。
 もちろん選定理由は他の要素も考えられただろうが、決め手は「60mを下回った」ということではないだろうか。当時の高さのみを問題視する景観論争の中、計画を進めていく上で非常に重要なことだったと想像できる。

 こうして京都駅ビルは原氏によって設計が進められ、実現した。これは建築家が自分の主張のみで出来たものでは決してない。むしろ事業主の要望、(高さに関する)世論を最も聞き入れた結果であると思う。
 世論を無視して高くすればヴォリュームを抑えることが出来た。事業主の要望を無視すれば高層化する必要はなかったのである。


 松崎菊也氏は通販生活の連載あとがきをこの京都駅ビルのホテルで書いたという。京都駅ビルに対してこれほど文句があるなら京都駅近くのホテルで「京都駅にホテルなど必要ないのに」と言ってもらいたかった。
 「エッフェル塔を見たくなければエッフェル塔に登れ」という話もあるが。


(*1)54.8mという処もある。どうして?

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俺アーカイブス一発目は京都駅。写真は3回生の冬にZUIKO 28mm F3.5を手に入れ、直後にそのレンズで撮ったもの。描写力に定評のあるレンズとしてOMユーザーの間では有名なんですが、僕は描写力が分かるほどの腕も目も持ち合わせておりません残念ながら。 日本の駅というの.... [続きを読む]

受信: 2005.09.04 21:49

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